ジャスト イン スプリエ

K・S・Yの3人による更新となります。タイプの違う3人の怒涛の日々をお送りいたします。

全世界193か国をひとことで紹介する。アッパーギニア編

 こんばんは、Sです。

 久しぶりのシリーズ更新になります。前回の「西アフリカ内陸編」から1箇月以上経過していしまいましたが、引き続き西アフリカの国について紹介していきます。

 

今回紹介するのは、アフリカ大陸の腰の部分にあるギニア湾の上部は、「アッパーギニア」もしくは「上ギニア」と呼ばれる地域。

西アフリカでは「ギニア」という言葉は非常に何度も登場するが、この周辺地域は主に植民地時代「ギニア」と呼ばれていたことに起因する模様。また、104.で「ギニア」という国もある。

西アフリカには様々な民族がいるが、共通の文化的特徴もある。例えば、「グリオ」と呼ばれる世襲制の伝統伝達者がおり、文字のない文化での民族音楽と伝承を継承している(歌舞伎の門みたいなもんか)。以前に紹介した遊牧民族フラニ族」も、今回しばしば登場する。

一方で、ギニア湾沿い、特に上ギニア文明的な観点(?)からの問題とされることが多い地域で、例えば一昔前にエボラ出血熱の発祥となった地域とされている。その原因として、「ブッシュミート」と言われる野生肉の常食があると言われている。また、「女子割礼」の文化が根付いていることが多い。

 以上のようなことを前提に、「アッパーギニア」について紹介していきたい。

 

<アッパーギニア7か国 101.~107.>

101.セネガル アフリカの米料理

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ウィキメディアコモンズを通じMayalabeil75より取得

ニジェール川ガンビア川流域では稲作が行われ、ジョロフライス(ウォロフ族の飯)やチェブジェンといった、米料理がある。セネガル料理はアフリカで最も洗練されているとも言われ、アフリカ各地にセネガル料理店がある。

ガンビア領土を口として(後述)、顔見たいな形の国土。鼻先にあたる半島に首都ダカールがある。ダカールは旧フランス領西アフリカの首都でもあり、大西洋横断貿易の要衝となる港湾だった。とくに奴隷貿易の拠点となったことで有名で、その当時の遺物を残す「ゴレ島」は世界遺産に登録されている。現在でも、西アフリカの旧フランス植民地国が加盟する共通貨幣システム「CFAフラン(XOF)」の中央銀行があり、西アフリカにおいて主要な都市である。「世界一過酷なモータースポーツ」と言われるパリ=ダカールラリーでも有名。

「ウォロフ族」は、主にセネガルに住む民族で、セネガル人口の4割を占める。マグリブにほど近く、宗教は90%以上がイスラム教。

黒人でも特に色の黒い、スーパーブラックモデルがいる。

80年代からのカザマンス紛争は一応収束したが、外務省の渡航延期勧告は継続中。

 

102.ガンビア 川沿い

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セネガルに囲まれたミニ国家である。アフリカ大陸内で最も面積が狭い国。ガンビア川という川の川に沿って両岸を国境が引かれている、世界的にも特異な国土をしている。川の両側に国道が通り、国を一周できる。

セネガルはフランス植民地であったのに対し、ガンビアは英国植民地であったことから生まれた。イギリスからは、1番近い英語圏のアフリカの国。

マンディンカ・フラなどの多民族国家。90%がムスリム。しかし、女性の肌を隠すという考えは皆無で、多くの人が民族衣装を着ている。

首相は「医学博士総理大臣」という変わった肩書きを持つ。

15歳以下の女子割礼の割合は世界で最も高い56%。

ザンビアとは関係ない。

 

103.ギニアビサウ 旧ポルトガル領ギニア

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「隣国ギニア(後述)と似たような名前で、民族も似ているのにややこしい…」と思うが、アフリカはこういう感じのが多い。その違いは、たいていが旧植民地の宗主国が違うパターンである。旧ポルトガル領ギニア。しかし、CFAフラン導入国である。

河口のエスチュアリーになっている陸の部分と、88の諸島からなる。

ギニアビサウには産業らしいものがあまりなく、最貧国の1つになっている(ワースト13位)。人口の2/3は貧困に陥っている。強いて言うなら主要産業はカシューナッツ(世界7位)。8割が農業従事者で、輸出の8割がナッツ類である。

人口の少ないオセアニアなどの島嶼国を除くと、世界一観光客数が少ない。

1963年以降にソ連など共産圏の指示を受けつつ独立戦争を戦う。21世紀になってからもちょいちょい内戦やクーデターが発生している。治安もやや悪めなようで、南米からヨーロッパへ向かうコカインの窓口的な役割をしている。

カーボベルデ(アフリカ最終回で紹介)と仲が良く、同じ国になろうとしたこともある。

ギニアと同様、最大民族はフラニ族(1/4強)だが、次点は「バランテ族」という民族。また、諸島に住む少数民族ビジャゴ族は家母長制をとっていることで有名。ギニアと比べるとムスリムの割合が低い。

森が多い(森林率アフリカ三位)。

 

104.ギニア 西アフリカの水がめ

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画像:河の流れに注目してみてください。ギニアからいっぱい流れてる

ギニア」という言葉は西アフリカ編で死ぬほど出てくるが、国としてのギニアと区別してほしい。ちなみに、ベルベル語の「黒」という意味と言われている。

降水量が多い。ギニアから延びるニジェール川セネガル川に水を供給している、いわば西アフリカの水がめである。ギニアビサウとは対照的に旧フランス植民地であるが、CFAフランを導入していない。その背景には、サブサハラの国としてガーナに次いで早く独立した、以下のような歴史背景がある。

「アフリカの年」の2年前、1958年にフランスは各植民地に投票でフランス共同体に残留するかどうかの国民投票を決行。その時唯一植民地から唯一独立したのがギニアである。宗主国フランスはギニアへの援助を一切打ち切り、自らが作ったインフラを破壊するなどした結果最貧国に転落。同時に社会主義政権が誕生する。(現在は社会主義ではない。)

19世紀にフランスに抵抗して「サモリ帝国」を築いたアフリカの英雄、「サモリ・トゥーレ」はギニア出身である。現在もギニアの英雄で、独立時社会主義政権を立てたのも彼の孫だった。

ボーキサイト埋蔵量が世界一。アルミは輸出の5割以上を占める。

24の民族がいる。フラニ族が4割で多数派に位置する。次点でマンディンカが3割。他には海岸沿いにいるスス族。ムスリムが多数派

タレントのサンコンギニア出身。

 

105.シエラレオネ ブラッド・ダイヤモンド

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シエラレオネ半島にある小さい国。19世紀から奴隷貿易が廃止されたイギリスにおいて、違法な奴隷貿易を取り締まる拠点を設けたのが現在の首都フリータウン。イギリス植民地だったシエラレオネでは、取り締まられた解放奴隷の人口が徐々に増えていく。彼らはクレオールと呼ばれる。解放奴隷と言う意味では後述のリベリアと類似の背景がある国だが、シエラレオネは旧イギリス植民地であること、独立自体は1960年(アフリカの年)であることが違い。

映画『ブラッド・ダイヤモンド』はシエラレオネでのダイヤモンドをめぐるシエラレオネ内戦(1991〜2002)を描いた。ダイヤモンドの採掘量は世界10位と、小さな国土にしては相当な量である。とくに、漂砂鉱床のため簡単に採掘できることが特徴。そのことから、紛争ダイヤモンドが問題になる。

平均寿命は世界ワースト1(データによる)。

106.リベリア アメリカ解放奴隷の国

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画像=いらすとやで「自由」と調べると出てきたやつ

 

アメリカの解放奴隷が、各々の故郷が不明なため、用意された土地に建てたという特殊な歴史背景がある国。シエラレオネが英国植民地であったのに対し、リベリアは1847年にいち早く黒人の手で建国される。

アフリカで西洋の植民地にならなかったのはエチオピアとここだけ。革命もない、黒人のみの国。

しかしその歴史は良いことばかりでなく、アメリカからの解放奴隷は土着民と比べてエリートになり、植民地の様相を呈した。黒人が黒人を植民地にした国とも言える。80年代から90年代にかけて紛争が起こる。

植民地時代は「ペッパーコースト」と呼ばれており、辛い食べ物が多い。

GDPに対する農業生産額の割合が世界一(70%強) 。ただし経済成長は早く、最近は対外負債を一気に減らしてる

 

107.コートジボワール(IvoryCoast) カカオ輸出世界一

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歴史的には象牙(Ivory)を多く輸出しており、俗称である以上に、そもそも英語圏ではIvory Coast(アイボリーコースト)という国名で扱われている。

湿潤な気候で、国土の1/3が森林に囲まれている。75%が農業従事者。全世界の1/4のカカオはコートジボワール産であり、世界最大のカカオ生産・輸出国。

アビジャン」は西アフリカ最大の都市。1983年に遷都されて首都は違うところだが、事実上の首都機能はアビジャンが持つ。「アフリカのパリ」とも言われ、民族的なものと西洋的なものが融合したファッションショーが有名。

60以上の民族がいるが、主に4個ぐらいの民族集団に分かれ、部族による統治される。「アカン人」はガーナのアシャンティ人と親戚で、コートジボワールの最大民族(4割)。

欧米の植民地より前にムスリム商人と交流しており、イスラム教とキリスト教が普及。

独立後の初代大統領「エウェ=ボワニ」のもと1960年から70年にかけて年10%前後の経済成長を達成。西アフリカで最も豊かな国となった。しかしその後政治の混乱でやや後退する。21世紀に2度も紛争があったものの、毎年10%近くの経済成長をしている。一人当たりGDPは16万円程度だが、西アフリカでは高い方である。

ドログバの出身地。

次回紹介するガーナとは「サッカー」と「チョコレート」ではライバル関係。いずれも経済成長が早い国。ガーナが英語圏であるのに対し、コートジボワールはフランス語圏であるのは対照的。

 

 

 

 日が空きすぎたこと反省。今後はもう少し頻度を上げられたらと思います。

 何かわかりにくいことなどあればコメントくれたら嬉しいです。

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 次回は西アフリカ3回目で「ロワーギニア」の紹介をします!