ジャスト イン スプリエ

K・S・Yの3人による更新となります。タイプの違う3人の怒涛の日々をお送りいたします。

全世界193か国をひとことで紹介する。マグリブ編 (by S)

こんばんは、Sです。今回はアフリカ北部後編のマグリブ諸国の紹介です。

 

マグリブとは、アラビア語で西を意味し、エジプトより西にあるアフリカ北西部の地域のこと(前回のナイル本流編参照)。白人圏で、イスラム教が普及していることが主な特徴。

これと区別して、サハラ砂漠以南をサブサハラと言う。サブサハラはアフリカのイメージ通り黒人であるのに対し、マグリブは中東方面からやってきたアラブ人や、モロッコチュニジアに昔からいて(主に)白人のベルベル人などが居住する。アラブ人とベルベル人は混血が進んでおり、アラブ・ベルベル人という分類をしたり、「ムーア人」と言ったりする。今回のほとんどの国は、国民の99%がこの民族であたる。

大陸ヨーロッパ諸国と地中海を挟んですぐ近くにあり、フランスなどの植民地になった。ただ、ブラックアフリカの国よりも先んじて独立している。

外交関係もあり、「マグリブ連合」という共同体もある。

 <マグリブ 93.~97.  7カ国>

93. リビア カダフィ大佐

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画像:カダフィ大佐(ウィキメディアコモンズを通じアメリカ合衆国海軍より)

長年にわたって「カダフィ大佐(カッザーフィ)」という独裁者が支配していたリビア。「アラブの春」で近年民主化し、カダフィ大佐は殺される(第一次リビア内戦)。しかしその結果、新体制を築こうとする勢力が林立し内乱が発生し逆に政治は不安定となった。その概観をみると

 

リビア内戦カダフィ vs 反体制  →NATOの介入によって反体制の勝ち

しかし、新体制はガタガタに。世俗派とイスラム原理主義で対立。原理主義にISISが加わり、旧カダフィ体制の残党も参加。

 

リビア内戦② 旧カダフィ vs 世俗派 vs ISIS  →一時はISISに国土の大半を支配される→ISISを駆逐し政治対立も妥協し徐々に復興へ

 

  旧カダフィ政権の支持者を中心に、「カダフィ大佐実はいい奴だった説」もある。その根拠として、積極的な経済政策、砂漠が広がるラビアの国土に世界最大の灌漑施設を建設するなどをしたことなどがある。一方で確かに、露骨な反米や凡アラブ主義といった原理主義的態度から、カダフィ政権時代のリビアはアラブの中を含め国際的に浮いていた。ちなみに、カダフィ政権と日本との関係は良好だった。          

紛争によって実質GDPは最盛期の7分の1にまで落ち込む。復興を遂げている最中で、2017年の実質GDP成長率は64%と世界一。(IMF2017)

公式の最高気温で世界一(57.8℃)を記録したりと、暑い国。

数少ない旧イタリア植民地である。公用語ではないが、イタリア語も現在少し通用する程度。

旧イタリア植民地、アラブで唯一イタリア語圏?

 

94.アルジェリア アフリカ最大面積

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右:フィリップ・ド・シャンパーニュによるアウグスティヌス肖像画

アフリカ最大面積*1。地中海に面しており、90%が海岸沿いの地域に住む。海岸の少し内陸にアトラス山脈があり、その向こうには広大(世界一)なサハラ砂漠が広がる。人口は日本の1/3の4000万人しかいない。

アルジェリアはフランスから地中海を渡ってすぐ南にあり、旧フランス植民地であることから、フランスの移民になっている者が多い。国土がフランスの4倍あることもあり、旧フランス植民地の中で最も存在感のある国。フランス語人口がアラブ一多い。

独立後西洋化の反動からアラブ人中心の国作りに傾倒し、ベルベル人からその反発を受ける。1991年からのアルジェリア内戦、2010〜2011年のアルジェリア騒乱など、紛争も割と多い。西サハラ(後述)をめぐってモロッコと戦争したこともある。

ロッコとともにベルベル人が多く、ベルベル語も根付いている国。フランス語・アラビア語ベルベル語トリリンガルは珍しくない。

アルジェリア出身の有名人として、紀元前に活躍した「アウグスティヌス」が有名である。彼はキリスト教神学の父と呼ばれ、「三位一体説」を唱える。詳しいことは知らん。

「ライ」という音楽があるらしい。

 

95.チュニジア カルタゴ

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画像:カルタゴ遺跡

チュニジアは紀元前に「カルタゴ」という都市が繁栄したところ。カルタゴとは、世界史では「カルタゴポエニ戦争にてローマに敗れ、ここから地中海におけるローマの覇権が確立される。」といった感じで登場する。カルタゴは、紀元前9世紀以降から、フェニキア人(参考.レヴァント諸国編のレバノン)が入植し、ここを中心に築かれた地中海の帝国。

イタリアとめちゃ近いが、旧フランス植民地。シチリア島から海峡(後述 95.モロッコ)を挟んだ南で、ジブラルタル海峡に次いでヨーロッパに近い。

首都チュニスには、カルタゴの遺跡のほか古代ローマ帝国時代の遺跡など多くが保存されている。長い歴史の中で商業都市として栄える。いくつもの文明の影響を受け、チュニスの建築群は世界遺産登録されている。これがインターネットを通じてアラブ世界に民主化運動が波及した一連をアラブの春と言う。アラブの春民主化した他の国と同様、その後政治・経済は逆に混乱した。一般にチュニジア人は芸術が好きらしい。

チュニジアで起こった民主化運動ジャスミン革命をきっかけに、アラブの春が発生する。青年の抗議の焼身自殺をきっかけに長期政権(ベン・アリ)が崩壊した革命。

スターウォーズ』に登場するルーク=スカイウォーカーの家はチュニジアにある。

チュニジア出身の人物として、イスラム世界の歴史家として有名な「イブン・ハルドゥーン」や、海賊バルバロッサがいる。

医療が発展していて、紛争で混乱したリビアから多くの患者を受け入れている。

 

96.モロッコ 極西

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左:北部の都市シャウエン(Image by motamid2006 on Pixabay)

右:モロッコベルベル民族「トゥアレグ族」の男性(ウィキメディアコモンズを通じChristopherより)

ジブラルタル海峡をたったの20キロほど渡るとスペインに行ける、非常にヨーロッパに近いアフリカ。エジプトから見てめっちゃ西にあるので「極西」の国とも言われたりする。

ロッコの最大都市「カサブランカ」は映画のタイトルにもなった美しい街で、マグリブでも最大の都市。

他にもインスタ映えする青い街「シャウエン」(画像)や、歴史遺跡が広がるマラケシュなどの有名な都市がある。

ロッコ人は「タルブージュ」という赤い帽子を被っているのが特徴。モロッコにはアラブ人もいるが、ベルベル人が世界で1番多い(人口の半数)地域であり、アラブ語・ベルベル語・フランス語のトリリンガルであることが多い。アラビア語は突出して方言がきつい。また、ベルベル語を正式に公用語としている唯一の国。

ベルベル人の人種は白人・黒人と様々あるが、共通の文化を持つ。「ベルベル」というのは「よくわからない言葉」という意味で、あまり好ましい言い方でないらしい。正式には「アマーズィーグ」というらしい。

特筆すべき産業はリン。生産は世界3位、埋蔵量世界一。埋蔵50兆トンで、世界の埋蔵量の75%を占める。

ハシシュ(大麻)の生産量世界一。ヨーロッパで所有される70%がモロッコ産。

アフリカ有数の漁業国で、アフリカ最大の魚市場がある。鰯の輸出では世界一。日本はタコの主要輸入先である。隣国でおなじ北大西洋海岸沿いのモーリタニアと合わせると輸入総量の75%になる。 

ロッコでしかとれない「アルガンオイル」は世界で最も高価な油。ヤギが木登りして葉を食べてる様子が見られる。それほど美味しいのか。

ロッコ料理は割と有名なものが多く、クスクスやミントティータジン鍋などが知られる。

海岸やや内陸にアトラス山脈が連なる。山脈より海岸側に行くと、豊かな土地が広がる。君主制を取っており、日本の皇室に次いで現存する2番目に古いロイヤルファミリー。

 

(補)西サハラ 砂の壁

  世界地図を見ていると、アフリカの北東に不自然な白い地域がある。そこが西サハラである。

この「サハラ・アラブ民主共和国(SADR)」は事実上独立国となっており、アフリカ連合は国家承認している。モロッコはこれに反発して最近までAU(アフリカ連合)を脱退していた。国連は世界一人口が多い無政府地帯としている。また、この地域のモロッコ領土所有を認める国はない。

もともとはスペイン領で、スペインが去ってから領土問題が発生。当初はモーリタニアと争っていたが、途中から独立したくなった

実効支配は海岸沿いをモロッコが、内陸をSADRがしている。そのため海洋資源はモロッコが独占。その国境は「砂の壁」という。

 

97.モーリタニア 黒めのマグリブ*2

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画像:モーリタニア人の少年たち。混血ぐあいで肌の色がやや異なることがわかる。(ウィキメディアコモンズを通じFerdinand Reusより取得)

モーリタニアマグリブの国だが、北アフリカでなく西アフリカに区分されることが多い。白人が多いマグリブ諸国のなかで、一番黒人が多いブラックアフリカに近いマグリブである。ムーア人:黒人:混血の割合がそれぞれ3:3:4。アラブ・ベルベル人(ムーア人)は人口の3割しかない。しかし、その少数のムーア人が支配階級となる非対称な社会構造になっている。人種差別もある。

このような社会構造のなか、世界で最後の奴隷制が残る国とも言われる。公式には1981年に廃止されているが(世界で最後)、まだ4万人がいる(?)とされる。罰則ができたのは2007年。

他にも、太った女性がモテるとされる文化がある。幼い少女に強制的に食べさせる風習(ルブル)があり、人権問題になっている。ただし、統計で見た肥満率はさほど高くない。

あと、女子割礼の割合が高い(15歳以下の54%)。

少しネガティブな印象が強いが、ベルベル・アラブ・黒人が融合したような特徴的な民族性をもっている。服装も着物的なゆるい民族衣装を着ている。できるだけ少ない言葉で伝えたがる平安人的なポエマーな国民性を持っているらしい。

言語はアラビア語圏で、フランス語も第二言語として通用している(旧フランス植民地)。

地理的には、国土の90%がサハラ砂漠の、最もサハラ砂漠な国。非常に人口密度が低い国でもある(ワースト5)。

ロッコと同じくミントティーが有名で、国民的飲料になっている。

 

 

 

次回以降は10回にわたってサブサハラ(ブラックアフリカ)の紹介にはいります。次回は「西アフリカ内陸部」の3か国。

 

 

*1:南スーダン独立前はスーダンがアフリカ最大だった。

*2:「黒め」はあまり良い表現ではないかも。「DARKER」と捉えてください。